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2021年夏に第一子を出産しました。 恋愛のこと、仕事のこと、日々の思いごとの記録です。

9_初婚の話_離婚活動_4

おはようございます。raf(ラフ)です。
今回は、離婚活動の続きを書きます。
離婚を考えている方の参考になれば幸いです。

 

 

就業③続き

3か所目はシフト制で、年末年始などの連休がない代わりに月10日-12日程休みがありました。
正社員で働くのが久々な私には激務に感じましたが、給料が良かったのと待遇や環境も先に就業したところよりも良かったので、頑張って続けました。
手取りで残業代込みで25万程度の収入があり、一人暮らしも可能だと思っていました。
仕事をするうえで車に乗れたほうが業務上も通勤上も良かったため、私はペーパードライバー向けの研修に自主的に通い始めます。
研修後に、元夫に「車の運転をしたいので同乗して欲しい」と伝え、何回かドライブに付き合ってもらい、車の運転の独り立ちをします。

離婚に向けて動き出す 続き

元夫は相変わらず仕事を転々とし、貯金もない状況でした。それでも私は家事を続けていました。元夫の臭いが生理的にダメになっていたので洗濯をこまめにしたり、食費がかからないようご飯の支度をしたりしていました。食事に関しては「お弁当代」として数千円を徴収してました。
元夫とは話し合いを何回も重ねました。元夫の気持ちや行動がかわるかもしれないと思っていたのですが、30歳の自分の誕生日の時に「30歳までには子どもが欲しかった」という感情がこみあげてきて、離婚をしていない現実を激しく悔やみました。
私は少し遅い自分への誕生日のプレゼントとして離婚しようと決意します。
転職して半年が過ぎ、試用期間も過ぎ、運転の独り立ちもでき、生活力の自信もついていたので「離婚をしたい」と伝えます。
元夫は、自分より年下で元生徒であり、寿退社してアルバイトをしてきた私が一人で生活できるとは思っていなかったようで最初は本気にしませんでした。
「子どもが欲しいこと」「収入がなくては困ること」「夫婦生活がないことが寂しい」を伝えると、「子どもはいつかと考えているし、収入はそのうちうまくいくし、夫婦生活に関してはしたいなら他の人としてもいいから家事はして欲しい」いう返答でした。
とんでもない答えなのですが、「子どもはいつかと考えている」という言葉に後ろ髪をひかれました。また、「引っ越すから出て行って欲しい」と伝えたのですが、私の転居先が決まってもなかなか元夫が一人暮らしできる仕事が見つからず(今思うと探していなかっただけ)、元夫が引っ越すまで現在の家賃が発生してしまうことになり(元夫に支払い能力がなかったので引き落とし先の私の負担になってしまう)、元夫に「私の引っ越し先に来る? もう一度やり直せるかお互い考えてみる?」と提案をしてしまいます。
なんて優柔不断なんでしょう。さらには荷物の整理ができない元夫に代わって私が彼のものを処分もしました。(フリマアプリで売ったり、譲ったり、自分で解体して捨てたりしました)
少しでも節約するために、洗濯機と冷蔵庫以外は新居に自分たちで運びました。(ほとんど私一人で元夫の車を借りて運びました)ちなみに、冷蔵庫と洗濯機(ドラム式)だけで30,000円の運搬費用がかかりました。
元夫に再び一緒に暮らす条件として、賃料など生活費の折半を提案し、承諾をもらいます。

また、引っ越し先にはエアコンがなかったり、新調するものにいくらか費用がかかってしまうため、父から引っ越し費用の支援をもらいました。(このことで、より自立したい気持ちも強くなりましたし、ここでダメなら離婚しようと思いました

そして、私が世帯主となった、今までの家の半分ほどの面積の新居に二人暮らしを始めます。
今思うと、この時点で自分で生計を立てるつもりのない元夫はヒモだったと思います。
この新居で半年間元夫と生活し、嫌というほど元夫の本性を知ることになり、離婚することとなります。

ここまで読んで下さりありがとうございます。
次回に続きます。